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昭和天皇 (岩波新書) 原 武史 → マーケットプレイス: 36 円 より 定価: 777 円 アマゾン売上ランキング: 37939位 新書 / 在庫あり。
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[ユーザーによる評価] 平均評価: 3.5
/ 総数: 19件
歴史年代は元号を併記せよ
気宇壮大
こんなものが評価される事があってはならない
宮中祭祀の多いこと
宮中祭祀を否定するために書かれたトリック本
歴史年代は元号を併記せよ昭和天皇の宮中祭祀に対する態度から、歴史を読み解くというのは面白い。
だが、この著者の文章は全て西暦で統一されており、大変読みにくい。
1945年が昭和二十年とは誰でも解るだろうし、1970年代以降なら昭和何年に相当するか
何となく暗算できる。
しかし1910年代なんて、大正何年に相当するのか、普通の人はすぐにわからないだろう。
余りに読み難いので調べたら、著者の他の著作も全て西暦表記で、講談社学術文庫は後ろに()で元号を入れていた。
読み難いので、編集者が元号を入れたのだろう。
元号を書きたくない認めたくないて段階で、フィルター懸かった色眼鏡史観であるとわかる。
著者は、天皇は三種の神器が大切で、国民は二の次だというが、
この著者も自分の歴史認識が大事で、読者は二の次なんだろう。
三種の神器は、【国体】のシンボル(レガリア)として大切にしたのであり、天皇は国体護持を守ろうとしたんだろう。
読んだ限り、著者には国体の概念がない。 (2010-03-01)
だが、この著者の文章は全て西暦で統一されており、大変読みにくい。
1945年が昭和二十年とは誰でも解るだろうし、1970年代以降なら昭和何年に相当するか
何となく暗算できる。
しかし1910年代なんて、大正何年に相当するのか、普通の人はすぐにわからないだろう。
余りに読み難いので調べたら、著者の他の著作も全て西暦表記で、講談社学術文庫は後ろに()で元号を入れていた。
読み難いので、編集者が元号を入れたのだろう。
元号を書きたくない認めたくないて段階で、フィルター懸かった色眼鏡史観であるとわかる。
著者は、天皇は三種の神器が大切で、国民は二の次だというが、
この著者も自分の歴史認識が大事で、読者は二の次なんだろう。
三種の神器は、【国体】のシンボル(レガリア)として大切にしたのであり、天皇は国体護持を守ろうとしたんだろう。
読んだ限り、著者には国体の概念がない。 (2010-03-01)
気宇壮大本書は原氏の試論です。仮説は面白いので、どんな論理展開がされるか期待したのですが、証明する根拠の提示はいまいちでした。「〜であろう」「〜かもしれない」「〜可能性は否定できない」という結語が多すぎるので読み進めるとイライラします。ある政治漫画家が本書の内容や原氏のことを散々非難してますが、祭祀の本質に関する意見の相違以前に、「ちゃんと証明してください」と文句を言いたくなる気持ちもわかります。
ただし、「二・二六事件における天皇」「1970年新嘗祭と三島事件」など、原氏の仮説は十分興味深いです。しかしその内容でも、「昭和天皇」という書名は、よく言えば気宇壮大、悪く言えば夜郎自大なので、最初に「本書は試論である」と十分断ってくれないと筋道が通りませんね。 (2009-12-05)
ただし、「二・二六事件における天皇」「1970年新嘗祭と三島事件」など、原氏の仮説は十分興味深いです。しかしその内容でも、「昭和天皇」という書名は、よく言えば気宇壮大、悪く言えば夜郎自大なので、最初に「本書は試論である」と十分断ってくれないと筋道が通りませんね。 (2009-12-05)
こんなものが評価される事があってはならないはっきり言ってこんな本は話しにならない。
文章が「○○が考えられる」「○○のように思われる」「○○ではないか」「○○のように見える」「○○だとも言えなくもな」「○○は想像に難くない」など憶測と印象でしか書かれていない。
しかも著者は「祭祀に関する史料がほとんど存在せず」と認めている。つまり、これは「この本は史料に基いて書かれている部分はほとんどなくその欠陥を著者の憶測・印象で補った」と言っているようなものである。それだけでなく、「宮中祭祀をなくしたとしても、皇室が明治以降から、明治以前に戻るだけ」や「昭和天皇が皇太子時代祭祀を欠席する事はなかった」など根拠のないデマを平気で書いている。
さらに「宮中祭祀の代わりにネットカフェ難民を皇室に招いたり、皇太子夫妻をネットカフェに泊まったりして直接救済しては?」など祈ることが天皇の最も重要な儀式であることを著者は全く理解していない。だが、一番の問題がこの憶測だらけの本が世間では高い評価を受け司馬遼太郎賞を受賞しているということである。
私は皇室について本当に理解しているのか疑わしい人物が書いた本が何故ここまで高い評価を受けているのかが理解できない。 (2009-10-23)
文章が「○○が考えられる」「○○のように思われる」「○○ではないか」「○○のように見える」「○○だとも言えなくもな」「○○は想像に難くない」など憶測と印象でしか書かれていない。
しかも著者は「祭祀に関する史料がほとんど存在せず」と認めている。つまり、これは「この本は史料に基いて書かれている部分はほとんどなくその欠陥を著者の憶測・印象で補った」と言っているようなものである。それだけでなく、「宮中祭祀をなくしたとしても、皇室が明治以降から、明治以前に戻るだけ」や「昭和天皇が皇太子時代祭祀を欠席する事はなかった」など根拠のないデマを平気で書いている。
さらに「宮中祭祀の代わりにネットカフェ難民を皇室に招いたり、皇太子夫妻をネットカフェに泊まったりして直接救済しては?」など祈ることが天皇の最も重要な儀式であることを著者は全く理解していない。だが、一番の問題がこの憶測だらけの本が世間では高い評価を受け司馬遼太郎賞を受賞しているということである。
私は皇室について本当に理解しているのか疑わしい人物が書いた本が何故ここまで高い評価を受けているのかが理解できない。 (2009-10-23)
宮中祭祀の多いこと 本書は、昭和天皇の育った環境(家庭・学問所)や宮中祭祀への取り組み、記録に残っている彼の発言などを通じて大胆にも昭和天皇の価値観に迫ろうとするものである。本書によれば、戦争責任について昭和天皇は、第一に皇祖皇宗に対して、第二に母親である皇太后に対して、第三に国民に対して感じていたといい、戦争を終結させる決断をしたのは、三種の神器を守れなくなることへの懸念からだった。それらの解説が限られた史料を最大限活用して組み立てられており、とても興味深く読んだ。
それにしても現在ではベールに包まれている感のある宮中祭祀の多さには少々驚いた。こんなことが戦前は新聞でいちいち報道されていたということにも驚いた。 (2009-03-25)
それにしても現在ではベールに包まれている感のある宮中祭祀の多さには少々驚いた。こんなことが戦前は新聞でいちいち報道されていたということにも驚いた。 (2009-03-25)
宮中祭祀を否定するために書かれたトリック本言葉を費やす時にその言葉の意味を本来の一義的なものから意識的隔離し、多義的な意匠を与えて著者は読者を騙せた気になっているのであろうか?
そんな時、言葉に裏切られることを原氏は知らない。現に、本書では昭和天皇の祭祀に全存在を賭けたその生き様を何一つ描いていない。
理解できないものを理解するふりをして空言を弄べば、自ずから卑しい言葉の所産にしかならない。
さすが、岩波!!と思わざるを得ないが、結局、大東亜戦争敗北の近代日本の宿命を自らの身に引き寄せて祭祀を実存的に解釈しようとした、米国占領下の天皇の意味など原氏には関係ないことだ。政治的意図をもって祭祀の無意味化を狙う邪悪な本心しか見えてこないではないか。笑止千万。駄本以下である。 (2009-01-04)
そんな時、言葉に裏切られることを原氏は知らない。現に、本書では昭和天皇の祭祀に全存在を賭けたその生き様を何一つ描いていない。
理解できないものを理解するふりをして空言を弄べば、自ずから卑しい言葉の所産にしかならない。
さすが、岩波!!と思わざるを得ないが、結局、大東亜戦争敗北の近代日本の宿命を自らの身に引き寄せて祭祀を実存的に解釈しようとした、米国占領下の天皇の意味など原氏には関係ないことだ。政治的意図をもって祭祀の無意味化を狙う邪悪な本心しか見えてこないではないか。笑止千万。駄本以下である。 (2009-01-04)













